どこまで人を許せますか?

コラム

人を許すということ

私は、基本的には人を許すように心がけています。

すべてを許すことは難しくても、とりあえず一度は受け入れてみようと思っています。

精神障がいを抱えて生きていると、自分の行動が制限されることが少なくありません。普通なら許されるようなことでも、許されない場面に出くわすことがあります。そのたびに「自分は子ども扱いされているのでは?」と感じさせられます

こうした行動制限には一応の理由があります

トラブルの防止や対人関係への配慮、他にも様々な事情があるのでしょう。しかし、施設や作業所などの特別な環境だけでなく、日常生活の中でも「制限される側」として扱われ続けることには疑問を感じます。

例えば、車の運転が「地域内に限る」「親や支援者の同意が必要」といったルールで縛られるケースがあります。そこには「自己責任」という考えはないのでしょうか?

施設に入ると、さらに厳しい制限が設けられます。小遣いの管理、外出の門限、外泊の制限…。それらは「許されるかどうか」ではなく、「精神障がい者だから」という理由で決められていることが多いように感じます。

本当に能力的に問題があるならば、それは「制限」ではなく「禁止」として明確にするべきではないでしょうか?中途半端な制限が、かえって精神障がい者を追い詰め、苦しめているように思えす。

「許す・許される」という関係性の中で、私たちが本当に求めているのは、“人としての対等な関わり”なのかもしれません。

うえの

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