私のリカバリーストーリー

ピアサポーター

私は発病が遅く,不眠不休の仕事の影響でした。

発病は40歳でした

当初の病名は「心因反応」何らかの心理的なきっかけによって生じる病気でした。睡眠障害も有り、当時の仕事の影響でほとんど不眠・不休の生活でした。

病気になった時は「このままいくと、自分は駄目になってしまう」と思い自ら病院へ受診に行きました。今でも覚えていますが、その時の主治医が「この子は僕が絶対治してやる」と言ってくれたことを今でも鮮明に覚えています。

鬱もあり、毎日毎日がただ辛いだけの日々でした。

入院経験も有り統合失調症という病名になり

睡眠もとれず、何もする気もなく、脱力感だけの暮らしでした。体重も一週間で10キロ減り、友人が連絡がとれなくて様子を見に来てくれた時はほとんど意識がなかったそうです。気が付いた時は病院のベッドの上でした。

1年ほど入院し、施設に入所しました。その当時の施設長からの勧めで「ピアサポーターにならんか?お前ならやれる」の一言でピアサポーターの勉強を始めました。

当初は医療関係者でも「ピアサポーターって何?」くらいの認識で、いろいろな講習やセミナーに通い続け、独学で勉強しました。「ピアサポーター」の勉強をしていくうちに同じ境遇の仲間とめぐり合い、いろんな人の経験を聞いていくうちに自分の病気とも向き合えるようにになっていきました。

リカバリーとまではいかなくても

「自分の病気と向き合あうことの大切さ」に気付いた時、それが回復に繋がると自分は思っています。お世話になった主治医、施設長の一言がなかったら今の自分はなかったと思います。

これからピア活動を進めていく上で「当事者だけではなく、周りの支援者の言葉も大切にしていきましょう」と伝えていくことが自分に与えられた仕事だと思って活動していきたいと思います。何がきっかけで回復に向かうか分かりませんが、だから「聞くこと」は大事だと私は思います。           うえの

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