躁鬱のためお風呂に入れない

コラム

体が鉛のように重い日がある。
体を洗う、拭く、頭を洗う、乾かす。ただそれだけのことなのに、ひとつひとつの動作を思い浮かべた瞬間、全身が拒否をする。私の髪は腰まであるから、洗って乾かすまでの時間と労力を考えると、気力が一気に奪われてしまう。
頓服を飲めば、なんとかお風呂に入れる日もある。でも、薬がなければお風呂さえ入れない自分に、情けなさや悔しさが押し寄せる。清潔でいることは生きる上で当たり前だと言われるけれど、その「当たり前」ができない苦しさは、経験した人にしかわからない。今日も私は、重たい体と心を引きずりながら、それでも生きるために一歩を探している。

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